〈見取り図〉― 離婚前後支援を「問い」から読む

このブログは、気づけば2つの連載と、2つの番外編から育ってきました。連載の方は、金沢市の養育費確保サポート事業(養サポ)を実務の側から追った 「養サポ」シリーズ(全17回・完結)と、こども家庭庁の事例集を読み解きながらその背後の構造を考えた 「自治体による離婚前後支援の現在地」シリーズ(全8回・完結)です。
本数が増えるほど、初めての方には「どこから読めばよいか」が見えにくくなってきたように思います。そこで、日弁連の法律雑誌「自由と正義」2026年7月号の拙稿から辿り着いてくださった方にも、たまたまこのブログに行き当たった方にも使っていただけるよう、問いから引ける1枚の見取り図としてまとめました。(一方で、【離婚前後支援をめぐる記事一覧】から、主要な記事を辿ることもできます。)
2つの連載は、役割が違います。「養サポ」シリーズは、市役所で実際に何をやっているかという 実務の記録。「現在地」シリーズは、その実務をめぐって問いを立て、構造を掘り下げる 分析です。
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先に、支援全体の流れをざっと見ておきます。離婚に向き合う父母は、ざっくり「動機づけ → 振分け → 話し合いの場 → 文書化と回収(実行)」という順に支援の流れをたどっていく、と思います。まず取り決めをしようと思ってもらう入口があり、次にどの担い手へ渡すかを見分ける振分けがあり、父母を受け止める話し合い(取決め)の場(ADR・家庭裁判所・弁護士)があって、最後に取決めを確かな文書にし、実際に受け取るまでを支える出口があります。ただし、出口は枝分かれします。養育費は民事執行という出口につながっていますが、親子交流にはその出口がありません ―― 同じ入口に立っても、プロセスや到達点が変わり得ます。
以下では、読者の皆さんが抱きそうな問いごとに、両方のシリーズ(と番外編)から対応する記事を並べました。実務を知りたい方も、構造を考えたい方も、同じ問いから入って、必要な側の記事へ進んでいただけます。
前提|なぜ「今」なのか ―令和6年改正が突きつけた宿題
令和6年民法等改正で、養育費は私的な合意文書に基づいても民事執行ができるようになり(先取特権)、離婚後の共同親権も導入されました。制度は一気に高度化しました。ところが、父母が安心して対話し、合意し、確かな文書に落とし込む ―― その「社会の受け皿」が、まるで追いついていません。連載全体が向き合っているのは、この「制度と受け皿のねじれ」です。まずこの1本から入っていただくと、以降の見通しがよくなるはずです。
→ 【番外編】令和6年民法等改正 ―「対話」と「文書作成」を支えるインフラなきまま進んでよいのか
1|なぜ自治体なのか、なぜ離婚前からなのか
日本の離婚のおよそ9割は協議離婚で、第三者が関与しないまま条件が決まっていきます。話し合いの中身は当事者に委ねられ、養育費の取決めがないまま離婚届が受理されることも珍しくありません。その離婚届を、すべて受け取る場所が自治体です。司法の外側を通り過ぎていく父母に、制度としてほぼ唯一触れられる ―― これが、自治体が支援の担い手になる理由です。もっとも、支援や助成の制度を整えるだけでは、第三者の利用にはなかなか繋がりません。事例集を通して見えてきたのは、その届かなさでした。
そして、届けるならいつなのか。離婚が成立した後ではなく、その手前から支えるべき理由を、実務の側から論じたのが養サポの各回です。
→ 【現在地(1)】「全般」―「取組事例集」を読んで見えてくるもの → 【養サポ⑤】離婚前の父母への支援の必要性① → 【養サポ⑥】離婚前の父母への支援の必要性② → 【養サポ⑦】離婚前の父母から全ての父母へ
2|動機づけの入口 ―講座と助成
「取り決めをしましょう」と説教しても、人は動きません。背中を押すのは、「市が費用を助成していますよ」という一言のほうだったりします。親支援講座を制度の末端メニューではなく養育費プロセス全体の入口として読み直せないか、という回と、助成そのものの中身 ―― 弁護士紹介・債務名義取得実費・ADR費用・弁護士着手金報酬金助成の組合せや、所得制限の全面撤廃で「誰でも使える入口」にした話 ―― を扱った養サポの各回です。
→ 【現在地(7)】「親支援講座」―合意の、さらに手前で― → 【養サポ②】どんな支援(助成)を受けられるか → 【養サポ③】所得制限の全面撤廃 → 【養サポ④】養育費に悩む親全てに可能性あり
3|選別と取次ぎ ―相談員は何をしているか
「自由と正義」の拙稿で「事案の選別と取次ぎ」と一文で書いた機能を、連載では1本かけて掘り下げました。相談員に求められるのは、弁護士のミニ版として結論を出すことではなく、困りごとが「どの種類の話なのか」を見分けて正しい送り先へ渡すこと。結論を出す見立てと、類型を見分ける見立て。相談員に担えるのは後者で、まず類型を見立て、弁護士が要りそうなら、次は経済的に振り分ける ―― これが「振分け」です。養サポの「弁護士の紹介」も、法テラスを使える人はそちらへ、という選り分けから入ります。
→ 【現在地(8)】相談員という「振分け」装置 ―担い手を選ぶ、その手前で― → 【養サポ⑧】弁護士の紹介(法テラスとの振分け/出会いと見定めの場)
4|話し合いの場 ―ADRという第三の選択肢と、その橋渡し
第三者の関与が全くない協議離婚と、弁護士・家庭裁判所を使う離婚 ―― その間を埋める第三の選択肢がADRです。拙稿でADR/ODRに触れた「中間層」の処方箋にあたります。実務では、どんな事案がADRに向くか、多すぎる機関の中から相談者にどう橋渡しするか、そして見通しの立ちにくい料金体系にどう向き合うか、を1つずつ積み上げてきました。そもそも普及の鍵は、ADRを勧められる相談支援者の裾野ではないか ―― 仙台のADR大会で得た手応えも、ここに重なります。
→ 【養サポ⑩】ADR利用料 → 【養サポ⑪】ADRへの橋渡しの仕方(1) → 【養サポ⑫】ADRへの橋渡しの仕方(2) → 【養サポ⑬】ADRへの橋渡しの仕方(3) ―料金体系に注意!― → 【番外編】ADR大会@仙台に参加して ―ADR普及の鍵は「人」と「集約点」ではないか―
5|取り決めを確かな文書に、受け取るまで ―出口
取り決めても、支払われなければ意味がありません。令和6年改正で、債務名義でなくても、内容と形式さえ整っていれば、養育費の合意(文書)に先取特権が付与され、執行をかけられるようになりました。それだけに、いまは文書の中身そのものの質が、いざというときの結果を直接左右します。
この「出口」には独特の難しさもあります。債務名義をどう「完全な」ものにするか、強制執行(民事執行)実費の助成が生む二重受領問題、合理的に見える保証料助成がなぜ使われないのか(宮崎市の一気通貫型がヒント)、そして弁護士費用助成の細かな設計と国基準の限界。構造の側(現在地)と、実務の側(養サポ)の両面から見ていきます。
→ 【現在地(2)】「強制執行実費助成」をめぐる二重受領問題 → 【現在地(3)】「養育費保証契約の保証料助成」―なぜ合理的な制度は使われないのか/点の助成から線の支援へ → 【養サポ⑨】債務名義取得 ―執行文・送達まで「完全な」ものに― → 【養サポ⑭】弁護士費用その1 ―制度の全体像と利用の留意点― → 【養サポ⑮】弁護士費用その2 ―「大半」が法テラスだった理由― → 【養サポ⑯】弁護士費用その3 ―「10万円上限」の持つ意味と、報酬金助成の構造的限界― → 【養サポ⑰】弁護士費用その4 ―法テラスと自治体運用のはざまで― → 【番外編】令和6年民法等改正 ―「対話」と「文書作成」を支えるインフラなきまま進んでよいのか
6|親子交流は、養育費とどう違うのか ―執行なき世界
ここから、動線の分岐です。養育費が民事執行という出口につながるのに対し、親子交流の支援には、その出口がありません。強制の効かない世界で、では何が支援になりうるのか。拙稿が養育費(執行への接続の側)から描いた構造を、こちらは親子交流(執行なき世界の側)から捉え直しました。前編が「出口のなさ」そのものを見据え、後編は、その世界で担い手をどう束ねるか ―― 集約点の話へと進みます。
→ 【現在地(5)】「親子交流支援・前編」―執行という出口のない領域で― → 【現在地(6)】「親子交流支援・後編」―分断を束ねる「集約点」はどこに―
7|ばらばらの担い手を、誰が束ねるのか ―集約点
話し合いが必要な父母を、担い手がばらばらのままでは受けきれません。連載を通じた提案は、新しい機関を作るのではなく、既にある担い手を「まずここへ」と言える1つの集約点 ―― わかりやすいハコ ―― に束ねられないか、というものです。その姿は分野で変わり、ADRなら各機関の家事部門を1つの受け皿に束ねる形、親子交流なら、そこへ行けば合意の支援でも実行の支援でも適した担い手へ渡してもらえる1点をつくる形になります(担い手が民間か公かも、地域によって変わります)。親子交流支援の後編がこの多様なパターンを論じ、仙台のADR大会で感じた「普及の鍵は人と集約点」という手応えも、ここに重なります。
→ 【現在地(6)】「親子交流支援・後編」―分断を束ねる「集約点」はどこに― → 【番外編】ADR大会@仙台に参加して ―ADR普及の鍵は「人」と「集約点」ではないか―
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拙稿の最後で触れた「自治体内弁護士」という存在も、突き詰めれば、この司法の外側の空白を内側から埋めようとする1つの試みだったのだと思います。誰も担えない手前の領域に、たまたま制度の内側にいる法律家が身を置いてみたら、何が見えたか。2つの連載は、その記録でもありました。
どの地点からでも、関心の向くところから入っていただければと思います。この見取り図が、みなさんの問いと、私のささやかな覚え書きとを、うまく結びつける手がかりになれば幸いです。
なお、このブログに書いてきたことは、いずれも私個人の見解であって、自治体としての公式見解ではないことを、念のため申し添えておきます。
