金沢市「養サポ」事業 立案担当者のつぶやき⑮【具体的な支援(助成)(4)弁護士費用その2_「7割」が法テラスだった理由】

2026年04月14日

弁護士費用助成制度の導入にあたり、最も大きな論点となったのが、「法テラスを利用した事件も助成対象とするか」という点であった。今回は、この問題について紹介したい。

まず前提として、法テラスを利用した場合、弁護士費用は法テラスの基準に従うため、一般の相場と比べて低額に抑えられている。さらに、実費も含めて法テラスを通じて弁護士に支払われ、依頼者はその総額を月5,000円から1万円程度で法テラスに分割返済していく仕組みとなっている。

このように見ると、法テラスを利用できる層(一定の収入・資産要件を満たす者)は、すでに一定の支援を受けているともいえる。そのため、市がさらに助成を行う必要があるのか、あるいは適切なのか、という慎重な意見が出されたのも自然な流れであった。


1 なぜ助成対象に含めるべきと考えたか

しかし、私はこの慎重論には反対だった。これまでの弁護士実務の中で、養育費を受け取れていない(父)母の多くは経済的に厳しい状況にあり、たとえ法テラス基準の費用であっても、それ自体が依頼への心理的・現実的な障壁となっていると感じていたからである。

もし法テラス事件を助成対象から外してしまえば、本来支援が必要な層を取りこぼすことになりかねない。それは、養育費確保という政策の核心的な価値を損なうおそれすらある。

また、仮に法テラス事件を除外した場合、助成の対象は相対的に収入や資産に余裕のある層に偏ることになる。しかし、そうした層は助成の有無にかかわらず、もともと自費で弁護士に依頼していた可能性が高い。結果として、政策効果が大きく損なわれるばかりか、極端に言えば、富裕層への給付に近いものとなってしまう懸念もあった。

こうした議論を経て、最終的には法テラス事件も助成対象に含める形で制度設計がされた。


2 実際の運用結果――「7割」という想定外の数字

制度の運用開始後、その実態は予想以上に明確な形で現れた。弁護士費用助成のうち、実に7割以上が法テラス事件であった(2025年度・計画認定申請ベース)。

一般論として、法テラスの収入・資力基準を踏まえれば、利用可能な市民はせいぜい3割程度にとどまるのではないかと想定していたため、この「7割」という数字は、率直に言って予想を大きく上回るものであった。


3  制度の組み合わせが生んだ効果

もっとも、この結果は、法テラスと養サポという2つの制度の組み合わせによって合理的に説明することができる。

たとえば、法テラスにおける養育費調停や離婚調停の標準着手金は11万円であり、養サポの着手金助成(10万円)でその大部分を充当できる。さらに、標準実費2万円についても、2025年度からは債務名義取得実費助成として取り扱うことで、実質的にカバーしている。

このように、法テラスと養サポを組み合わせることで、少なくとも「弁護士に依頼する段階」においては、ほぼ自己負担なく手続に着手できる環境が整った。これは、従前と比べて依頼のハードルを大きく引き下げるものであり、その効果が「法テラス事件7割」という数字に表れていると考えられる。


4 数字の評価と留意点

もっとも、この結果を過大に評価することは慎むべきである。当市(当課)が主にリーチできている層がもともと経済的に厳しい家庭であること、あるいは日本社会における女性の貧困といった構造的な問題(ジェンダーギャップ問題)が影響している可能性も否定できないからである。


5 現場感覚として見えてきた変化

それでも、現場で相談対応にあたる中での実感としては、これまでであれば弁護士への依頼を諦めていたであろう層のニーズを、一定程度掘り起こすことができているように思われる。

相手方の所在不明や収入不明、低収入、特別費用をめぐる争いなど、必ずしも成果が見込みやすいとはいえない事案であっても、「法テラスを利用して弁護士に依頼したい」という声を耳にする機会が増えている。


6 リーガル・ローンの限界と示唆

この点は、法テラス制度の本質に関わる問題を示唆している。すなわち、日本の法テラスは、いわゆる「リーガル・ローン」(利用者が返済義務を負う仕組み)を前提として設計されているが、それだけでは十分ではなく、本来は「リーガル・エイド」(給付型支援)が求められているのではないか、という問題意識である。

本制度の運用を通じて、その必要性の一端が可視化されたともいえるだろう。


7 残る課題と、それでも用意すべき選択肢

もちろん、課題がないわけではない。こうした「困難事案」では、父母にとって必ずしも満足のいく結果が得られない可能性がある。また、低い報酬水準の中で受任を躊躇する弁護士がいることも、無視できない現実である。費用を公費で支える構造は、弁護士側に廉価な受任を強いる側面があり、制度の持続可能性という観点からも重要な論点となる。

それでもなお、結果の如何にかかわらず、「やれるだけのことはやった」と言える選択肢を父母の誰もが持てること――すなわち、経済的理由によって法的手段へのアクセスを諦めることのない仕組みを整えること――には、大きな意義がある。

制度は、得られた「結果」だけで評価されるものではない。「正しいことに挑戦する機会」をどこまで保障できるか。そうした機会が等しく用意されている社会こそが、本当の意味で「やさしい」社会なのではないだろうか。