金沢市「養サポ」事業 立案担当者のつぶやき⑰(完)【具体的な支援(助成)(4)弁護士費用その4―法テラスと自治体運用のはざまで:支援を阻む「複雑さ」の正体―】

養サポの弁護士費用助成は、一見するとシンプルである。しかし、助成事務の実情はなかなかに複雑だ。とりわけ、法テラス利用事件を前提とした「後払い方式」は、制度の中核部分で相当の無理が生じている。
1 法テラス事件と後払い方式の構造的な難しさ
現行の助成は、利用者の法テラスに対する償還額(分割返済額)が一定額(上限10万円等)に達した段階で交付される仕組みである。ところが、この「どこまで償還が進んだか」を正確に把握すること自体が容易ではない。
例えば、①婚姻費用分担事件、②別居時親子交流事件、③離婚事件が同時に係属している典型的なケースを想定しよう。法テラスが①〜③を別事件として援助する場合でも、その立替金や償還は、必ずしも事件ごとに厳密に区分管理されているわけではなく、①〜③全体として(すなわち合計額に着目して)管理・処理されることがある。
その結果、利用者が支払う償還金(月5000円〜)のうち、いくらが「③離婚事件」の立替金に充当されているのかが、少なくとも外形上は判然としないことが多い。なお、利用者において、特定の事件への充当を指定すること(当然、③を優先して支払いたいだろう。)も、制度上予定されていないと考えられる。
さらに、例えば①婚姻費用分担事件が先に終結し、多額の婚費を受領した場合には、そこから①〜③の立替金に対し、全部または一部が繰上償還されることになる。この場面でも、③離婚事件にいくら充当されたのかは不明確なままである。
このように、自治体は助成対象である③の事件について、「いま償還がどこまで進んでいるのか」を正確に把握できないという壁に突き当たる。
そこで当市では、擬制的な対応によりこれを凌いでいる。すなわち、養育費事件(子のいる離婚事件を含む。以下同じ)開始後の償還金の支払は、その時点で存在する養育費事件の立替金に最優先で充当されたものと「みなす」という運用である。
この整理により、一応は養育費事件に係る償還状況の客観的な把握が可能となる。しかし、裏を返せば、自治体は利用者の全ての法テラス事件に係る進捗および償還関係全体を把握せざるを得ないことになる。
このため、利用者に詳細な情報提供を求める必要があるが、法テラスの償還制度自体が分かりにくく、実際には十分な理解がないことも多いのが実情である。そのため、何らかの法テラス事件の終結等を察知した場合には、代理人弁護士に対して情報提供を求める運用となる。しかし、これは小さなことではあるが弁護士に追加的負担をお願いするものであり、かつ全体として場当たり的な対応になりがちである感は否めない。
私としては、利用者の同意を前提に法テラスと自治体が情報を共有する仕組みや、厳密な後払い方式を改め、助成金を法テラスに直接支払う仕組みの導入が必要ではないかと考えている。
2 年度末締めと失権リスク
もう一つの問題が、当市における「年度末締め」の運用である。
当市では、「申請可能な助成金・補助金は当該年度内に申請しなければならない」という運用が採られている。養サポに当てはめれば、一定額(上限10万円等)の弁護士費用の支払いを終え、助成金の交付申請が可能になった場合には、必ずその年度末までに申請しなければ、利用者は「失権」するということになる。
しかし、たまたま年度末間際に交付申請の要件を満たすこととなった場合、短期間で申請することは容易ではなく、結果として助成機会を失うおそれがある。他方で、利用者が意図的に支払時期や金額を調整すれば翌年度に持ち越すことも可能であり、公平性・制度の安定性の観点から違和感が残る。
もっとも、この年度末締めには制度運用上のメリットもある。失権を回避するため、自治体側としても定期的に事件の進捗確認を行うインセンティブが働く。その過程で、養育費に関する情報提供や法律相談につなげる契機となる場合もある。
しかし、これはあくまで副次的な効果であり、制度の合理性の根拠とはならないだろう。いわば「逆立ちした正当化」にとどまるといえる。
他自治体に目を向けると、支払から一定期間(半年、1年等)内の申請を認める運用も見られる。このような単純なルールへの見直し自体は合理的だ。
もっとも、法テラス事件では、前記のとおり償還の充当関係が不透明である以上、「支払から○か月」という基準のみでは処理しきれない側面もある。むしろ、当市のように定期的に全件確認する方式の方が実務的には安定する、という逆説的な結論もあり得るのが難しいところだ。
結局のところ、「法テラス事件×後払い方式」という組み合わせ自体に無理があるということになる。前払い方式の方が、制度としてはシンプルで安定的であることは間違いない。
3 制度の重なりが生む複雑さ
以上のとおり、養サポ弁護士費用助成は、法テラスの運用と自治体の会計ルールという、異なる制度の重なりの中で間隙を縫うような形で設計・運営されている。
その結果、制度は極めて複雑化し、利用者のみならず代理人弁護士にとっても分かりにくいものとなっている。制度理解が不十分なまま、なかば「よく分からないけれど言われたとおりに」申請・受給が行われている場面が少なくないのが実情である。
同時に、制度の複雑さは運営側の負担をも増大させる。自治体にとって、司法制度や法テラスを扱う業務は本来業務とは言い難く、組織内では独特の「異物感」を伴う領域である。そのような分野において、難解な管理事務を維持することは、組織的な理解や実務の習得に多大なコストを要することを意味する。
特に、数年単位での定期的な人事異動が前提となる地方自治体において、この「複雑さ」は致命的なリスクとなり得る。情報やノウハウの継承が困難になれば、適正な事務執行が危うくなり、結果として制度の安定性・継続性そのものに大きな課題を残すことになる。制度は多くの者に使われてこそ意味があるが、同時に「安定して運営し続けられる」簡素さもまた不可欠である。
俯瞰してみれば、この「複雑さ」は個々の制度の問題ではなく、複数の制度が接続されたときに生じる摩擦に起因している。それゆえ、自治体だけでは解決することができない構造的な問題である。こうした複雑さは、利用者にとっての障壁であると同時に、制度の寿命を縮める要因にもなりかねない。この問題は、既に現場の工夫で凌ぐべき「運用」の域を超えており、制度の根幹に関わる課題として、関係者が正面から認識すべきものだ。
4 国の関与のあり方とこれから
こうした構造的欠陥を突き詰めていくと、最終的には養育費確保をめぐる国の制度設計のあり方に帰着する。
国が補助金を使って、父母の養育費確保を自治体の創意工夫とインセンティブに委ねる現行の枠組みは、これまで見てきたとおり多くの無理の上に成り立っており、早晩限界を迎えるだろう。
本来、子の利益となる養育費は公平に確保されてしかるべき性質の問題である。不幸にも令和6年の民法等改正では実現しなかったが、本来は国レベルでの強力な支援制度の構築や、当事者任せの協議離婚制度や養育費制度そのものへ抜本的にメスを入れることが必要であったはずだ。
確かに、養サポを運用する中でこれまで見てきたような工夫をこらし、その結果として一定の手応えを感じる場面はある。しかし、いち自治体による「社会実験」の段階は、とうの昔に過ぎているのではないかという疑問は拭えない。
制度の目的が「子の利益」にあるならば、その実現手段が複雑な運用や各自治体の裁量に左右される現状は不健全である。国に現場の声を届けることは、もはや単なる改善提案ではなく、現状に対する異議申立てに近い。「創意工夫」という美名の下に、本来国が負うべき責任を埋没させてはならない。
国の補助金行政に依拠する現行の仕組みは、本当に「使い続けられる制度」になっているだろうか。当市に限らず、自治体の現場で積み上げられてきた実感を、今度こそ抜本的な制度改革や法改正への確かな足掛かりとすべきときが来ている。(完)
