自治体による離婚前後支援の現在地(2)「強制執行実費助成」をめぐる二重受領問題―「取組事例集」を読んで見えてくるもの

本ブログでは、これまで、離婚時の公正証書作成費用補助や家事調停の利用支援といった「取決め(入口)」への支援を軸に解説や自論を展開してきた。しかし、これと並んで重要であり、かつ難しいのが、その後の履行確保や実際の受取りという「出口」の支援である。
取決めが交わされても、実際に支払われなければ意味がない。不払いが発生した際、いかにして実効性ある回収につなげるか。今回は、その出口支援メニューの一つとして議論される「強制執行実費助成」についてコメントしたい。
1 「強制執行」から「民事執行全般」へ広がった国補助制度
まず、前提となる制度状況を整理しておきたい。
令和7年度までの国補助制度では「強制執行実費」が対象であった。しかし、令和6年民法等改正(2026年4月1日施行)により、先取特権を利用した養育費の法的回収制度が導入されることとなった。
これを受け、国は強制執行に限定せず、「民事執行全般」を支援する自治体に対し補助金を交付する制度へと改めている(こども家庭庁支援局家庭福祉課「令和8年度予算案の概要」PDF_P8「離婚前後家庭支援事業(養育費確保等支援パッケージ)」参照)。
もっとも、先取特権による回収制度は始まったばかりであり、全国的にも実績の蓄積がない。そこで以下では、従来どおり「強制執行実費」という言葉を使って解説を進める。
2 実費助成だけでは利用のハードルは下がりにくい
自治体が強制執行実費助成を設ける際、極めて重要なのは「弁護士費用助成」との組み合わせである。
養育費不払い時に父母が強制執行を利用しない大きな理由は、数万円程度の実費負担の重さよりも、そもそも手続きそのものの難しさにあると思われる。
家事調停には本人申立てのために「家事手続案内」という制度化された窓口が存在するが、民事執行(強制執行)にはそれがない。実際には裁判所職員による個別対応に留まることも多く、一般の父母が必要な情報提供を十分かつ安定的に受けることは困難である。
加えて、申立書類作成の難易度も高い。インターネット上の情報を頼りに手探りで書面を作成することになりがちであり、書記官ごとのローカルルールにもその都度対応しなければならない。
最近ではAIや弁護士作成の書面作成ツール等も登場しているが、現時点では、なお強制執行こそ弁護士代理の必要性が高い分野であるように思われる。
結局、弁護士費用まで助成されなければ、もともと自力で強制執行手続きができる一部の父母のみが利用する制度になりがちである。
こうした点を意識してか、実際に、強制執行実費助成をメニューに持つ自治体の多くが、弁護士費用(着手金)助成を合わせて設けている(神奈川県、滋賀県、大阪府、山口県、札幌市、西宮市、奈良市、伊勢崎市、八幡市、宇部市、横浜市。なお、横浜市は着手金ではなく報酬金を助成する点が特徴的である)。こうした複合的な制度設計は、利用実績を伸ばすために必要な下準備となる。
3 最大の障壁は「二重受領(不当利得)」問題である
もっとも、自治体が強制執行実費助成を導入する際、最大の課題は別のところにある。父母による重複受領、場合によっては不当利得とも評価されうる問題である。
強制執行には、財産開示手続きや第三者からの情報取得手続きなども含めると、数万円程度の裁判実費が生じることは珍しくない。しかし、こうした執行費用は、本来、養育費を受け取る側が最終的に負担すべき性質のものではないから、民事執行法42条により、養育費とあわせて相手方(債務者)の財産から回収できることになっている。
そうすると、自治体から実費助成を受けた上で、さらに相手方からも執行費用相当額を回収するという「二重取り」が生じうる。
しかし、自治体のマンパワーの限界と強制執行手続の専門性を踏まえると、自治体が本人に対して、その後実際に相手方から執行費用を回収したか否かを確認することは現実には極めて困難である。
法的仕組みとしても、相手方から回収した金員を「未払養育費」へ充当するのか、あるいは「執行費用」に充当するのかについても、裁判所は関与しない。どの債権にどう充当するかはあくまで当事者側の問題であるとされている。
このように、法制度上自治体がこれを追跡管理することは極めて難しく、これを真面目に取り込んで管理しようとすれば、自治体は、不毛ともいえる極めて不効率な事務の連鎖に陥ることになる。
4 強制執行実費助成を設けない自治体があるのも理解できる
以上の問題があることから、金沢市は現時点では強制執行の実費助成制度を設けておらず、代わりに弁護士費用のみを助成対象としている。
同様の問題意識からか、豊中市、下関市、東近江市も、実費ではなく弁護士費用のみを助成対象としている。実務的には、この判断も十分に理解できるところである。
仮に実費助成制度を設計するのであれば、自治体としては次のような対応を迫られる。
1. 性善説に立ち、二重受領した分は自主返還してもらう
2. 裁判資料を全件確認し、執行費用回収が確認できた場合には返還を求める
3. 助成を留保し、強制執行が不成功(回収不能)だった場合のみ支給する
もっとも、2や3はいずれも自治体にとって事務負担が極めて重く、しかも専門性が高いので、制度として継続的に運用することは容易ではない。そうすると、現実的には1を採用せざるを得ないのが実情だろう。
5 本筋は自治体助成ではなく国レベルの無料化ではないか
なお、この二重受領問題は強制執行だけに限った話ではない。家事調停終了時の未使用切手(予納郵券)の返還や、離婚訴訟後の相手方からの訴訟費用回収場面など、裁判実費助成全般に生じうる問題である。もっとも、強制執行実費は金額が比較的高額になりやすく、かつ実際に相手方財産から回収できる可能性も相応にあるため、問題がより先鋭化しやすいのである。
このように、既存の法制度を前提に国補助制度が設けられてはいるものの、現場における制度設計や運用は容易ではない。
現実には、利用促進を最重視するなら、結果として一定程度の重複受領が生じてもやむを得ないという割り切りが必要になる。しかし、原資が公金である以上、国や自治体がそれを正面から認めることは困難である。
やや元も子もない話にはなるが、法改正を行い、養育費関連の強制執行実費そのものを無償化する――例えば国が裁判所へ補助する、あるいは裁判所予算として措置する――といった抜本的な仕組みを検討しなければ、解決にはつながらないように思われる。
このように、「取組事例集」を眺めていても、既存制度を前提に自治体が制度設計を担う仕組みには限界が見えてくる。自治体ごとの助成制度の設計と運用に委ねるのではなく、国レベルでの手続費用の無料化こそが、本筋の議論ではないだろうか。
